禊祓と三貴神の誕生


●読み下し文

ここをもちて伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)詔(の)りたまひし く「吾(あ)はいなしこめき穢(きたな)き國に到りてあ りけり。故(かれ)、吾は御身(みみ)の禊為(みそぎせ)む」とのり たまひて、筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小門(をど)の阿波(あわ)岐原(きはら)に到りまして、禊(みそ)ぎ祓(はら)ひたまひき。

   (中略)

ここに左の御目(みめ)を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、天照大御神(あまてらすおほみかみ)。次に右の御目 を洗いたまふ時に、成れる神の名は、月讀命(つくよみのみこと)。次に御鼻(みはな)を洗ひたまふ時に、成れる神の名は、建速須佐之男命(かけはやすさのをのみこと)。

 この時伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、大(いた)く歓喜(よろこ)びて詔(の)りたまひしく「吾が子を生み生みて、生みの終(はて)に三はしら貴き子を持つ」とのりた まひて、すなわち御頸珠(みくびたま)の玉(たま)の緒(を)もゆら取りゆらかして、天照大御神に賜ひて 詔りたまひしく「汝命(いましみこと)は、高天(たかま)の原を知 らせ」と事依(ことよ)さして賜ひき。故、その御頸珠(みくびたま)の名を、御倉板擧之神(みくらたなのかみ)と謂ふ。次に 月讀命(つくよみのみこと)に詔りたまひしく「汝命(いましみこと)は、夜の食國(おすくに)を知らせ」と事依さしき。次に建速須佐之男命に詔りたまひしく「汝命は、 海原を知らせ」と事依さしき。

  

●現代文

 黄泉の国からお帰りになった伊邪那岐命は「私は 何といやな穢らわしい国に行ったことだろう。だか ら、私は身も心も清める禊ぎをしようと思う」と云われました。ここで、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原においでになって、禊ぎ祓えをなさいました。

 身に着けている衣や冠、装飾品を投げ捨て、そして心身の穢れを祓い、清められた時に、多くの神々がお生まれになりました。

 最後に伊邪那岐命の左の目を洗われた時にお生まれになった神様が天照大御神であり、次に右の目を洗われた時にお生まれになった神様が月讀命です。 その次に御鼻を洗われた時にお生まれになった神様が建速須佐之男命です。

 この時、伊邪那岐命は大そうお喜びになり「私は、わが身の穢れを祓って祓って、次々に御子を生んだが、最後に三柱の貴い御子を授けていただきました」 と云われました。そして、御首につけていた首飾りをはずして、天照大御神にお授けになられ「あなたは高天原を治めなさい」とご委任されました。この首飾りの珠の名を御倉板擧之神と云います。続いて 月讀命には「あなたは夜の世界を治めなさい」と、建速須佐之男命には「あなたは海原を治めなさい」 とご委任なされました。

 

禊祓が意味するもの

 「禊」とは「身体を洗い滌(すす)ぐことで、身についた凶事や罪穢を除去して清めること」で、川や海で冷たい水につかったり、滝にうたれたりして、心身を清めることです。また、「祓」とは「心身についた罪禊などを儀礼や唱え言葉によって取り払い清浄にすること」です。神前で幣帛(へいはく)によって行うものはその象徴的行為です。禊と祓は一連の行為・観念であることから禊祓(みそぎはらい)と云います。

 伊邪那岐命は徹底した禊祓の結果、すべての穢れが洗い流され、最後の最後に三柱の貴き御子をお生みになられました。 古代の日本人は、私たちの本体は天つ神から賜った貴い神性な御心であると信じていたのでしょう。それ故に、徹底した禊祓によって天照大御神、月讀命、 建速須佐之男命の三柱の貴い神様がお生まれになられたのです。

 ということから伊邪那岐命は徹底した禊祓によって高天原の主宰神である天之御中主神の化身として 生まれた天照大御神に対して「あなたは高天原を治 めなさい」とご委任されたのです。