誓約


●読み下し文

 故(かれ)、ここに各天(おのおののあめ)の安の河を中に置きて誓ふ時に、天照大御神(あまてらすおほみのかみ)、まづ建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)の佩(は)ける十拳剣(とつかのつるぎ)を乞(こ)ひ渡して、三段に打ち折りて、瓊音(ぬだと)ももゆらに、天の眞名井(まなゐ)に振り滌(すすぎ)ぎて、さ嚙みに嚙みて、吹き棄(う)つる氣吹(いぶき)のさ霧(きり)に成れる神の御名は、多紀理毘賣命(たぎりびめのみこと。亦の御名は奥津島比賣命(おきつしまひめのみことと謂ふ。次に市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)。亦の御名は狭依毘賣命(さよりびめのみこと)と謂ふ。次に多岐都比賣命(たきつひめのみこと)。

 速須佐之男命(はやすさのおのみこと)、天照大御神(あまてらすほみのかみ)の左の御角(みかみ)、左の御角髪(みみづらに纏(ま)かせる八尺(やさか)の勾璁(まがたま)の五百箇(いほつ)の御統(みすまる)の珠(たま)を乞ひ渡して、瓊音(ぬだとももゆらに、天の眞名井(まなゐ)に振り滌(すすぎ)ぎて、さ嚙みに嚙みて、吹き棄(う)つる氣吹(いぶき)のさ霧(きり)に成れる神の御名は正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめおしはみみのみこと)。また、右の御角髪(みみづらに纏(ま)かせる珠(たま)を乞ひ渡して、さ嚙みに嚙みて、吹き棄(う)つる氣吹(いぶき)のさ霧(きり)に成れる神の御名は天之菩卑能命(あめのほひのみこと)。

 また右の御鬘に纏かせる珠を乞ひ渡して、さ嚙みに嚙みて、吹き棄つる氣吹のさ霧に成れる神の御名は、天津日子根命(あまつひこねのみこと)。 また左の御手に纏かせる珠を乞ひ渡して、さ嚙みに嚙みて、吹き棄つる氣吹のさ霧 に成れる神の御名は、活津日子根命(いくつひこねのみこと)。また右の御手に纏かせる珠を乞ひ渡して、さ嚙みに嚙みて、吹き棄つる氣吹のさ霧に成れる神の御名は、熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)。

併せて五柱なり。ここに天照大御神、速須佐之男命に告りたまひしく、「この後に生れし五柱の男子(おのこご)は、物實我(ものざねいまし)が物によりて三柱の女子(をみなご)は、物實汝(ものざねいまし)が物によりて成れり。故(かれ)、すなわち汝(いまし)が子ぞ」かく詔り別けたまひき。 

●現代文

 天照大御神と須佐之男命は、高天原にある安の河を中にはさんで、誓約(うけい)をされました。

 誓約とは、善悪、正邪を判断する占いの一種です。まず、天照大御神が須佐之男命の十拳剣を受け取り、それを三つにへし折って、神聖な水である「眞名井」の水で清めた後、その剣を嚙み砕いて、吐き出された息吹の霧の中から神様がお生まれになりました。

 最初にお生まれになった神様は、多紀理毘賣命。またの名前を奥津島比賣命と言われました。次にお生まれになった神様が、市寸島比賣命。またの名前を狭依毘賣命と言います。最後に生れた神様が多岐都比賣命。以上三柱の女神が生まれました。これが宗像三女神です。(宗像大社のご祭神)

 次に須佐之男命が天照大御神から受け取られた勾玉を「眞名井」の水で清めた後、嚙み砕いて吐き出された息吹の霧の中から正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命がお生まれになられました。この正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命の御子が邇邇芸命で、後に高天原から筑紫の日向の高千穂に天降られました。次に天之菩卑能命がお生まれになり、出雲国造をはじめ、出雲系諸氏族の祖神となります。その次に天津日子根命、 またその次に活津日子根命、最後に熊野久須毘命がお生まれになられました。以上、勾玉からは五柱の男神がお生まれになりました。

 天照大御神は速須佐之男命に「後に生れた五柱の男の子は、私の物である勾玉から生まれた物実(神様)で私の子であります。先に生れた三柱の女の子はあなたの剣から生まれた物実であなたの子です」 と云われ、それぞれ御子を別けられました。