五行の本体と性質


2.木の性

●読み下し文

 洪範伝(こうはんでん)に曰く、木に曲直(きょくちょく)というは東方。易に云ふ、地上の木を観となすと。言ふこころは、春時、地にいずるの木は、曲直ならざるなし。花葉観るべし。人の威儀容貌(いぎようぼう)のことなり、と。許慎(きょしん)云ふ、地上の観るべき者は、木に過(す)ぐるはなし。故に相の字は、目、木を傍(かたわら)にするなりと。古(いにしえ)の王者は、輿(よ)に登(の)るに鸞和(らんか)の節あり、車を降りるに佩玉(はいぎょく)の度あり、田狩(でんしゅ)に三駆(く)の制あり、飲餞(いんせん)に献酢(けんさく)の礼あり。事なきときは巡幸せず、民の時を奪ふなし。春は農の始めなるをもってなり。貪欲姦謀(どんよくかんぼう)なきは、木気に順(じたが)ふ所以(ゆえんなり。木気順(じゅん)なれば、即ちその性のごとく、茂盛敷実(もせいふじつ)し、以って民の用をなす。直なる者は縄(じょう)に中(あた)り、曲なる者は鉤(ごう)に中(あた)る。若(も)し人君、威儀(いぎ)を失い、酒に酖(ふけ)りて淫縦(いんしょう)し、徭(よう)を重くし税を厚くし、田猟(でんしゅ)度なければ、即ち木は、その性を失ひ、春滋長せず、民の用をなさず。橋梁(きょうりょう)は、その縄墨(じゅうぼく)に従はず。故に木に曲直せずというなり。

 

洪範伝:伝とは経書の注解。ここでは、書経、洪範の注釈、すなわち洪範五行伝をさす。

曲直:形や線が曲がっていること、まっすぐなこと。不正なことと正しいこと。正邪。

:易経。「観の卦」の象伝に「風の卦」が「地の卦」の上に行くは観なり、とある。また、漢書五行志に説に曰く、木は東方なり。易において地上の木を観となす。とある。

威儀:いかめしく重々しい動作。立ち居振る舞いに威厳を示す作法。

許慎:後漢時代の儒学者・文字学者。最古の漢字字典『説文解字』の作者。

:外に現れた姿・形・ありさま。

輿:何人かで担いで運ぶ乗り物。こし。かご。

鸞和:天子の馬車につける黄金製の鈴。

佩玉:天子・貴人が礼服を着た時になどに帯びる玉(ぎょく)。玉製の装身具。

田狩:野に出て狩りをすること。狩り。

三駆:先王田猟の制。三方は囲むが、一方は開いて、完全に包囲しないこと。易、比の卦に「王もって三駆(さんく)して前禽(ぜんきん)を失う」とある。

飲餞:遠方に行く時、道祖神を祭って、その安全を祈り、祭りの終わった後、酒盛りをすること。

献酢:杯のやりとり。はじめ主人が賓客のために酌むのを献といい、次に賓客が主人に次ぐのを酢という。

巡幸:天子が地方を巡行すること。

民の時:民が農業をすべき時。農業の忙しい時。

姦謀:わるだくみ。

茂盛:盛んに茂ること。

敷実:あまねくみのる。

:すみなわ。大工が木材などまっすぐに線を引くために用いるもの。

:ぶんまわし(文房具のコンパスの古い言い方)。 

淫縦:はなはだしくほしいままにすること。みだらで、勝手気ままなこと。

:夫役。労役。公の土木工事に役すること。

橋梁:はし。

縄墨:すみなわ。守るべき規準。規則。

 

●現代文

 洪範(こうはん)五行伝に「木に曲直(きょくちょく)というのは東方である」と云い。周易の観の卦の象伝に「風の卦が地の卦の上に行くのは観である」といっている。それは春の季節に、地上に生える木は、曲がったり真直ぐになったりしないものはなく、花や葉も観ることができる。人の威儀(いぎ)や容姿のようである。

 許慎(きょしん)の説文解字には「地上にあって観ることができるもので、木以上のものはない。だから相の字は、木の傍(かたわ)らに目がある」と云っている。

 昔の君子は輿(こし)に乗る時には鸞和(らんか)の節があり、輿を降りる時には佩玉(はいぎょく)の度があり、狩猟の時には完全に包囲しないという決まりがあり、遠方に行く時の酒盛りには杯のやりとりの礼があり、何事もない時には地方を巡行せず、民衆の農業に大切な時を奪うことはしない。これは、春が農事の始めであるからである。貪欲(どんよく)や姦謀(かんごう)がないのは、木の気に順(じゅん)うからである。木の気が順であれば、木の性のように盛んに茂り、広くあまねく実って、民の役に立つのである。 真直ぐなものは大工の墨縄(すみなわ)にあたり、曲がったものはコンパスにあたり、それぞれ使用に適する。

しかし、もし君子が威儀(いぎ)を失い、飲酒にふけって欲しいままになり、夫役(ぐやく)を重くし、税金を厚くし、狩猟に節度がなかったならば、木は本来の性を失い、春になっても、草木は成長せず、民の役に立たない。そこで木に曲直しない、と云うのである。

 まさに、天人相関(天の禍福が人の世の禍福をもたらし、人の世の禍福が天の禍福となって現れる)の思想が見て取れる。