●読み下し文
金は従革(じゅうかく)と曰ふ。従革とは、革は更なり。範(のり)に従ひて更(あらた)まる。形革(あらた)まりて器(うつわ)を成すなり。西方の物、既に成りて、殺気の盛んなるなり。故に秋気起りて、鷹隼(ようじゅん)撃ち、春気動きて、鷹隼化す。これ殺気の二端なり。是を以って白露霜(はくろしも)となる。霜は殺伐の表。王は兵を教へ、戎事(じゅうじ)を集め、以って不義を誅(ちゅう)し、暴乱を禁じ、以って百姓(ひゃくせい)を安んず。古の人君は安けれども危きを忘れず、以って不虞(ふぐ)を誡(いまし)む。故に曰く、天下安きと雖(いえど)も、戦いを忘るる者は危く、国邑(こくゆう)強きと雖も、戦を好めば必ず亡ぶ。殺伐は必ず義に応ず。義に応ずれば、則ち金気順ひ、金気順へは、則ちその性のごとし。その性のごとき者は、工冶(こうや)鋳作(ちゅうさく)し、形を革めて器を成す。もし人君、侵凌(しんりょう)を楽しみ、攻戦を好み、色賂(しきろ)を貪(むさぼ)り、百姓の命を軽んじ、人民騒動すれば、則ち金その性を失ひ、冶鋳(やちゅう)化せず、凝滞蕖堅(ぎょうたいきょけん)にして、成らざる者衆(おお)し。秋時は、万物みな熟し、百穀已(すで)に熟す。若し金気に逆へば、則ち万物成らず。故に金に従革(じゅうかく)せずと曰ふ。
従革:柔らかで思うままに形を変えること。
鷹隼:たかとはやぶざ。
漢書五行志に、説に曰く、金は西方、万物既に成る。殺気の 始りなり。故に立秋にして鷹隼撃き、秋分にして微霜降ると ある。五行大義の記事は、多く漢書五行志に依る。
戎事:戦争のこと。
誅:せめる。罪人を殺す。武力で罪ある人を討伐する。
不虞:思いがけない災い。
国邑:国都。漢代の諸侯の封地をいう。
工冶:かじや。鋳物師。
鋳作:金属を鋳て器をつくる。
侵凌:侵陵と同じ。おかししのぐ。おかしはずかしめる。
色賂:男女の情欲や贈物。 凝滞:はかどらない。とどまりとどこおる。
蕖堅:大きくてかたい。
●現代文
洪範に「金は従革と曰う」とある。従革とは、範(のり)に従って万物が更(あらた)まることで、その姿、形もあらたまって、その結果として器となる。いい方を変えると、金の性質は、法や秩序、あるいは制度と云った原理原則にもとづいて、その姿を変え、万民に役立つ器となることにある。
さらに金は西方に配当されているのだが、西方に位置するものは既に成就し、実ると、その成長や活動はとめられる。その生長や活動を止めさせる働きが殺気であり、金気にはこの殺気をはらんでいるのである。秋分になると白露が霜となる。霜は殺伐のしるしである。
王は兵を教え、軍隊を集めて、不義の者を殺し、暴乱を禁じ、そして一般民衆を安心して生活できるようにする。昔の人君は安らかな状態の中にあっても、危険を忘れず、思いがけない災いが、突然襲って来ることに注意を払った。だから天下が平安であるとは言っても、戦争のことを忘れるものは危なく、国家が強大であるとは言っても、戦争を好むものは必ず滅亡すると言われている。
殺伐は必ず正しい道理によって行われなければならない。正しい道理によって行われたならば、金気は順い、金気が順えば、その性のようになる。その性のようになれば、鍛冶屋が金属を鋳、形を革めて器を作ることができる。
もし人君が侵略を楽しみ、戦争を好み、情欲や贈り物を貪り一般民衆の生命を軽んじ、人民が鍛冶屋も鋳ることができず、とどこおって堅くなり、できないものが多くなる。
秋の季節には、万物がみな熟し、百穀もすでに熟す。もし金気に逆ったならば、万物はできない。そこで、金に従革せず、と言ったのである。
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